育夫像について
画家・清水登之(1887-1945)の長男・育夫は、上智大学を卒業ののち1943年に入営し、1944年海軍少尉に任官しました。軍艦「金剛」の乗組員として前線にむかい、そして台湾沖にて戦死します。この報を翌1945年6月、海軍省より伝えられた清水は直ちに絵筆をとり《育夫像》を描き、祭壇に納めるのでした。しかし同年12月、強度の精神疲労と病により清水は息子の後を追うようにして逝去します。このたび、大川美術館に収蔵される「育夫像」4点の修復が完了し、現在特集展示をしております。「浜田知明・秀島由己男版画展」とあわせ御覧いただけましたら幸いです。
育夫像について
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