常設展

展示室1






















マリー・ローランサン《女性の半身像》1930年代

板倉 鼎(1901~29)は東京美術学校西洋画科を卒業後
妻・須美子とともに1926年パリに留学します。エコール・ド・パリの
時代各地から多くの画家が訪れ、日本人画家も150人を超えるほど
在留していたといわれています。板倉はフランス人画家ロジェ・ビシエール
(1888~1964)に学びながら、美術学校で同級だった岡 鹿之助(1898~
1978)たちと交友、互いに切磋琢磨して制作していました。しかし
1929年9月に敗血症のためパリで亡くなりました。
28歳で夭折した画家の作品は岡たちの尽力で日本に持ち帰られ
ご遺族によって大切に守られてきました。













板倉 鼎《リラの葉を持つ少女》

展示室2


















再見された松本竣介のアトリエ














松本竣介《街》
























靉光《蝶》広島市現代美術館蔵

大川美術館は欧米ならびに近代日本の洋画を中心にコレクションしていますが
60点をこえる日本画も所蔵しています。これらは初代館長大川栄二の縁戚に
あたる故・松本望、千代ご夫妻(音響メーカー株式会社パイオニアの
創業者夫妻)からの寄贈作品の一部です。
このコレクションから冬から春のかけての季節に
ふさわしい作品を精選いたしました。


















展示室の様子

新井淳一

「未だ見ぬ布の創造」を常に追い求めた新井は糸の開発から
織、染色、加工まで各分野の業者と連携しながら多彩な布のテクスチャーを
生み出し「テキスタイル・プランナー」として活躍。山本寛斎や三宅一生、
川久保玲ら日本を代表するデザイナーのコレクションに布を提供しました。
1992年に国際繊維学会より日本人初のデザイン・メダル(デザイナー勲章を
受章)2003年には群馬県功労者表彰2014年には文化庁長官表彰を受賞します。

当館創設者・大川栄二との交流も深く現在も大川美術館入口に掲げている
「大川美術館」の題字は新井淳一の手によるものです。











展示の様子